ごめんね、そしてこれから: コミュニケーション成長記

自身の働く価値観を伝えられなかった失敗:マネージャーの自己分析と部下との深い対話

Tags: マネージャー, コミュニケーション, 自己分析, 部下育成, 価値観, 対話

はじめに:価値観を伝えることの重要性とその難しさ

マネージャーの役割の一つに、チームメンバーが仕事に対する意義や目的を見出し、成長を支援することがあります。そのために、自身のこれまでの経験や、仕事に対する価値観を部下に伝えることを試みるマネージャーも多いのではないでしょうか。自身の経験が部下の成長のヒントになったり、働くことへの解像度を高めたり、あるいはマネージャー自身への理解を深め、信頼関係を築くことに繋がる可能性があるからです。

しかし、熱意を持って語ったにもかかわらず、部下には響かなかった、あるいは一方的な訓話のように聞こえてしまった、といった失敗談も少なくありません。今回は、このような「自身の働く価値観をうまく伝えられなかった失敗」に焦点を当て、その原因を自己分析し、部下とのより深い対話へと繋げるための考え方と具体的なステップについて考えていきます。

価値観を伝えようとして失敗する典型的なパターン

マネージャーが自身の価値観や経験を部下に伝えようとした際に、意図とは異なり失敗に終わってしまうケースには、いくつかの典型的なパターンが見られます。

一方的な語りによる伝達

部下の状況や関心を十分に把握しないまま、自身の成功体験や苦労話を一方的に語ってしまうパターンです。マネージャーとしては良かれと思って話していても、部下にとっては「自慢話」や「聞かされている」と感じられ、内容が心に響きません。部下からの質問や反応を引き出すことをせず、情報の流れが一方向になってしまいます。

抽象的すぎる、あるいは古すぎる話

自身の価値観や信念を抽象的な言葉で語りすぎたり、現在の部下の状況や社会環境からかけ離れた過去の経験談に終始したりするパターンです。部下は話の内容を自分事として捉えられず、具体的な行動や考え方に繋げることが難しくなります。

「教える」という上からの姿勢

部下に対して「こうあるべきだ」「この考え方が正しい」と教え諭すような姿勢で臨むパターンです。これは、部下の主体性や多様な価値観を尊重しないと受け取られかねません。特に、マネージャーの経験則に基づいた話を絶対視してしまうと、部下は反発を感じたり、萎縮したりしてしまう可能性があります。

目的の不明確さ

なぜ自身の価値観を部下に伝えたいのか、その目的が自分自身の中で曖昧なまま話してしまうパターンです。部下も話の意図が掴めず、何をどう受け止めれば良いのかが分からなくなります。結果として、話が漠然とした印象で終わり、具体的な行動や意識の変化に繋がりません。

これらの失敗は、いずれも部下とのコミュニケーションにおいて、相手への配慮や対話の視点が欠けていることに起因することが多いと考えられます。

失敗の原因を掘り下げる自己分析

自身の働く価値観をうまく伝えられなかった失敗から学ぶためには、まずその原因を深く自己分析することが不可欠です。

(1) なぜ、私はその価値観を大切にしているのか?

自身の価値観が形成された背景や、過去のどのような経験に根差しているのかを掘り下げてみましょう。成功体験だけでなく、失敗や挫折から何を学び、現在の価値観にどう繋がっているのかを整理します。これにより、話に深みが増し、単なる持論ではなく、経験に裏打ちされた重みを持つようになります。

(2) なぜ、私はこの価値観を部下に伝えたいと思ったのか?

部下に伝える目的を明確にします。単に「良い話を聞かせたい」という自己満足ではないか? 部下のどのような成長や変化を期待しているのか? チーム全体のどのような状態を目指したいのか? この目的をはっきりさせることで、話すべき内容や伝え方が定まります。目的が不明確なままでは、部下も話の着地点を見失ってしまいます。

(3) 部下は、どのような状況で、何に関心があるのか?

部下一人ひとりのキャリアの段階、現在の業務における課題、将来への関心、そして彼らが大切にしている価値観を理解しようと努めます。自分の価値観を伝えることが、部下の「今」や「これから」にどう関連するのか、部下の視点に立って考えることが重要です。部下のニーズや関心と結びつかない話は、響きにくいものです。

(4) 自分の話し方や姿勢は、部下にどう映った可能性があるか?

自分の話すスピード、トーン、表情、言葉遣い、そして話を聞く姿勢を振り返ります。一方的になっていなかったか、専門用語を使いすぎていなかったか、威圧的な雰囲気はなかったか、など、客観的な視点を持つよう努めます。可能であれば、信頼できる同僚や部下からフィードバックをもらうことも有効です。

深い対話へ繋げるためのコミュニケーション改善策

自己分析を踏まえた上で、部下との対話をより深め、自身の働く価値観を効果的に伝えるための具体的なステップを考えます。これは単なる「話し方のテクニック」ではなく、部下との関係性構築を目的としたコミュニケーションのあり方です。

(1) 一方的な伝達から「対話」への意識転換

自身の経験や価値観を伝える場を、「私が話す場」ではなく「共に考え、語り合う場」と捉え直します。まず部下の話を聞く時間を作り、彼らの仕事に対する考え方や価値観、将来への希望などを丁寧に引き出します。その上で、自身の経験を共有する際は、「私はこう考えているのだけど、どう思うか」というように、部下自身の考えや意見を促す形で投げかけます。

(2) 具体的なエピソードを交え、部下との共通点・相違点を探る

抽象的な価値観を語るだけでなく、それが形成された具体的な経験談やエピソードを交えます。失敗談も包み隠さず話すことで、部下はマネージャーをより身近に感じ、共感を覚えやすくなります。その上で、「この経験は、〇〇さんが今直面している課題と似ているかもしれない」「私の場合はこう考えたけれど、〇〇さんならどうアプローチするだろう?」といった問いかけをすることで、部下自身の状況と話を紐づけ、対話を深めることができます。自身の価値観と部下の価値観の共通点や相違点を共に探求する姿勢が大切です。

(3) 「教える」ではなく「共に学ぶ」姿勢

マネージャーも完璧ではありません。自身の価値観が常に正しいわけでも、部下の成長の唯一の道を示すものでもありません。部下との対話を通じて、彼らの新しい視点や考え方からマネージャー自身も学ぶ姿勢を持つことが、信頼関係を築く上で非常に重要です。「あなたの考えを聞かせてほしい」「一緒に考えていきたい」というメッセージを伝えることで、部下は安心して自身の意見を述べられるようになります。

(4) タイミングと環境への配慮

忙しい業務の合間や立ち話で、深い価値観の話をすることは困難です。落ち着いてじっくり話ができる時間を別途設定し、周囲を気にせず安心して話せる環境を用意しましょう。また、部下が特定の課題に直面しているときや、キャリアについて悩んでいるときなど、自身の経験や価値観が部下にとって特に有益になりうるタイミングを見計らうことも効果的です。

まとめ:失敗を次に活かす継続的な対話

自身の働く価値観を部下に伝える試みが失敗に終わることは、決して珍しいことではありません。重要なのは、その失敗から目を背けず、なぜ伝わらなかったのかを真摯に自己分析し、その学びを次に活かすことです。

自己分析を通じて、自身の価値観を明確にし、伝える目的を再定義すること。そして、一方的な伝達ではなく、部下の声に耳を傾け、具体的なエピソードを交えながら、共に考え、学ぶ「対話」へとコミュニケーションのスタイルを転換していくこと。これらの継続的な取り組みが、部下との信頼関係を深め、チーム全体の成長に繋がっていくことでしょう。失敗を恐れず、対話を重ねていくことが、マネージャー自身のコミュニケーション能力を高めることにも繋がります。