「自分のコミュニケーションは伝わっている」という思い込みが招いた失敗:自己評価のズレを認識し改善する対話術
「自分のコミュニケーションは伝わっている」という思い込みが招いた失敗
多くのマネージャーは、自身のチームや関係者とのコミュニケーションに対して、ある程度の自信を持っているかもしれません。「必要なことは明確に伝えている」「部下との対話はできている」と感じている方もいらっしゃるでしょう。
しかし、時に、意図した通りに情報が伝わっていなかったり、良かれと思って伝えた言葉が相手を傷つけてしまったり、あるいは期待していた反応が得られなかったりといった状況に直面することがあります。これは、マネージャー自身のコミュニケーションに対する「自己評価」と、実際に相手がどのように受け止めているかという「他者評価」との間に、無意識のズレが生じているために起こる失敗の一つです。
この「伝わっているはずだ」という思い込みは、チーム内の誤解を生み、指示の実行精度を下げ、ひいては信頼関係を損なう原因ともなり得ます。本稿では、この自己評価と他者評価のズレがなぜ起こるのか、その具体的な失敗例、そしてこのギャップに気づき、より効果的なコミュニケーションへと改善するための自己分析と対話術について考察します。
思い込みが招く具体的な失敗例
マネージャーの「自分のコミュニケーションは伝わっている」という思い込みは、様々な具体的な失敗として現れます。
例えば、 * 指示の曖昧さ: 指示を出した際、自分としては具体的に伝えたつもりでも、部下から見ると「結局何をすればいいのか分からない」「目的が見えない」といった状況を生むことがあります。マネージャーは「言わなくても分かるだろう」という前提で話しているのかもしれません。 * フィードバックの意図不全: 部下を育成しようとフィードバックをしたものの、相手には単なる批判と受け止められてしまい、モチベーションを低下させてしまう。マネージャーは「成長のための助言」と考えていても、その伝え方や前後の文脈が不足している可能性があります。 * オープンな対話の阻害: 「何か困っていることはないか、いつでも相談してほしい」と伝えているにも関わらず、部下は遠慮してしまい、問題が表面化しない。マネージャーはオープンな姿勢を見せているつもりでも、日頃の言動や雰囲気、あるいは過去の対応から、部下は「話しても無駄だ」「言いにくい」と感じているのかもしれません。 * 承認の不足または不適切さ: 部下の貢献を評価し、承認しているつもりでも、部下にはそれが伝わっていなかったり、定型的な言葉に響かなかったりする。具体的な行動や成果に触れていない、あるいは一方的な伝え方になっている可能性があります。
これらの失敗は、マネージャーにとっては「なぜ伝わらないんだ」「なぜ動いてくれないんだ」という不満につながり、部下にとっては「理解されていない」「評価されていない」という不信感や不満につながります。結果として、チームの連携は滞り、生産性は低下し、最悪の場合、優秀な人材の離職を招くことにもなり得ます。
原因分析:なぜ自己評価と他者評価にズレが生じるのか
では、なぜこのような自己評価と他者評価のズレは生じるのでしょうか。そこには、マネージャー側と受け手側、双方に起因する複数の要因が考えられます。
マネージャー側に起因する要因:
- 前提の共有不足: 自身の持つ知識や経験、置かれている状況を相手も理解しているだろう、という無意識の前提を持って話してしまう。
- 非言語情報の無視: 自分の話す内容に集中しすぎて、相手の表情、声のトーン、姿勢といった非言語情報から読み取れるサインを見落としてしまう。
- 感情や状態の影響への無自覚: 自身のその時の感情(焦り、苛立ち、疲労など)がコミュニケーションのトーンや言葉選びに影響していることに気づいていない。
- 過去の成功体験への固執: 過去にうまくいったコミュニケーションスタイルが、相手や状況が変わっても常に通用すると思い込んでいる。
- 自己評価へのバイアス: 自分のコミュニケーション能力を過大評価していたり、「問題があってはいけない」という思いから、無意識にポジティブな側面だけを見てしまったりする。
受け手(部下や関係者)側に起因する要因:
- 経験や知識の違い: マネージャーが当然と思っている専門用語や背景情報を相手が知らない。
- その時の状態: 相手が別のタスクで手一杯だったり、個人的な問題を抱えていたりして、話を聞く余裕がない。
- マネージャーへの遠慮や忖度: 評価を恐れたり、波風を立てたくなかったりといった理由から、疑問点や本音を伝えられない。
- 解釈の違い: 同じ言葉でも、個人の経験や価値観によって受け止め方が異なる。
これらの要因が複合的に作用し、発信者の意図と受信者の解釈の間にギャップが生まれるのです。
自己分析:ギャップに気づくための第一歩
この自己評価と他者評価のズレに気づくためには、まず自己分析が不可欠です。自分のコミュニケーションスタイルや、それが周囲に与える影響について、客観的に見つめ直す必要があります。
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コミュニケーションの「記録」と「内省」: 重要な対話の後などに、
- 「自分が何を伝えたかったか(意図)」
- 「実際にどのような言葉や態度を使ったか」
- 「相手の反応はどうだったか(表情、言葉、行動)」
- 「相手はどのように受け止めた可能性があるか」 を振り返ってみる習慣をつけましょう。これは、自身のコミュニケーションの癖や、意図と結果の間のギャップに気づくための有効な方法です。
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フィードバックを求める勇気: 最も直接的にギャップを知る方法は、周囲に率直なフィードバックを求めることです。
- 信頼できる同僚や、関係性の築けている部下に対し、「私の〜という説明、分かりやすかった?」「〜の件で伝えたこと、どう感じたか教えてもらえる?」といった形で具体的に尋ねてみる。
- 組織として匿名でのフィードバックツールがある場合は活用する。
- フィードバックを受けた際は、まず感謝を伝え、感情的に反論せず、真摯に受け止める姿勢が重要です。「そう見えていたのか」「そう伝わってしまったのか」と、事実として受け止め、改善につなげるデータとして捉えましょう。
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客観的な視点の導入: 自分のコミュニケーションを客観的に評価することは困難ですが、可能な範囲で第三者の視点を取り入れることも有効です。
- 信頼できるメンターや上司に、特定のコミュニケーション場面について相談し、アドバイスを求める。
- 自己啓発の一環として、自分の話し方を録音して聞いてみることも、自分の癖やトーンに気づくきっかけになります(ただし、相手の同意がない状況での録音は倫理的に問題があるため注意が必要です)。
これらの自己分析を通じて、「自分はこう伝えているつもりだが、相手にはこう伝わっているらしい」というギャップを認識することが、改善の第一歩となります。
改善策:自己評価のズレを埋める具体的な対話術
ギャップに気づいたら、次はそれを埋めるための具体的な対話術を実践します。
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「伝わっているか」を積極的に確認する: 一方的に話し終えるのではなく、相手に理解度を確認する時間を設けます。
- 指示や説明の後に、「ここまでで何か不明な点はありますか?」と尋ねる。
- 「今お話しした内容、〇〇さんの方ではどのように理解されましたか?」「どのように進められそうか、〇〇さんの言葉で聞かせてもらえますか?」と、相手に要約や考えを述べてもらう。これにより、理解のズレがないか、認識を合わせることができます。
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開かれた質問を活用し、相手に話してもらう: 相手が本音や考えを話しやすい雰囲気を作り、それを引き出す質問をします。
- 「はい/いいえ」で答えられる質問だけでなく、「〜についてどう思いますか?」「この状況について、他に何か懸念点はありますか?」「〇〇さんの立場から見て、どのように進めるのが良さそうでしょうか?」など、相手が自由に考えや意見を表現できる質問を意識します。
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傾聴を徹底し、非言語情報にも注意を払う: 相手の話す内容だけでなく、その話し方や態度からも多くの情報が得られます。
- 相手が話している間は、自分の考えを一旦脇に置き、最後まで耳を傾けます。
- 相槌や頷きを適切に入れ、相手が安心して話せるように促します。
- 相手の表情が曇っていないか、声のトーンに変化がないかなど、非言語情報からも相手の感情や状態を察しようと努めます。
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「〜と感じたのですが、合っていますか?」と相手の気持ちを確認する: 相手の感情や置かれている状況について推測する際は、「〜のように見えましたが」「〜な状態かなと感じたのですが」といったクッション言葉を使い、決めつけずに確認する姿勢を取ります。「少し疲れているように見えましたが、大丈夫ですか?」「この件、少し難しいと感じていますか?」など、相手が自己開示しやすい形で問いかけます。
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意図や背景を丁寧に伝える: 指示や要望を伝えるだけでなく、「なぜこれが必要なのか」「この指示の目的は何か」といった背景情報を共有します。これにより、相手は単なる作業指示ではなく、全体の文脈の中で自身の役割を理解しやすくなります。フィードバックの際も、「〜の行動についてだけど、〇〇という目的から考えると、〜のようにするともっと良くなると思うんだ」というように、具体的な行動と目的、そして期待する効果を結びつけて伝えます。
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定期的な1on1の実施: 日頃から部下一人ひとりと定期的に対話する時間を持ちます。これは業務の進捗確認だけでなく、部下のコンディション、キャリアに対する考え、チームや組織に対する意見などを聞くための重要な機会です。この時間を活用し、マネージャーとして日頃のコミュニケーションについて部下が感じていることなどを率直に話せる関係性を築くことが、自己評価のズレに気づくための土台となります。
まとめ
コミュニケーションにおける自己評価と他者評価のズレは、多くの人が経験しうる普遍的な課題です。「自分は伝えているのに」と感じる時、立ち止まって「本当に伝わっているだろうか?」「どのように伝わっている可能性があるだろうか?」と自己に問いかけることが、成長への第一歩となります。
このギャップに気づくためには、自身のコミュニケーションを客観的に振り返る自己分析と、周囲からのフィードバックを真摯に受け止める姿勢が不可欠です。そして、その気づきをもとに、「伝わっているか確認する」「相手に話してもらう」「丁寧に意図を伝える」といった具体的な対話スキルを意識的に実践していくことが重要です。
失敗を恐れず、自身のコミュニケーションと真摯に向き合い、改善へのステップを踏むことで、より効果的なコミュニケーションが可能になり、チームとの信頼関係をより強固なものにできるはずです。