部下のキャリア志向を理解できなかった失敗:対話不足の原因分析と成長支援のコミュニケーション
はじめに
マネージャーにとって、部下の成長を支援することは重要な役割の一つです。しかし、部下のキャリアに対する考え方や志向が、必ずしも現在のチームや組織、あるいは自身の期待と一致しない場合があります。そのような状況で、適切なコミュニケーションが取れず、部下のモチベーション低下やエンゲージメントの喪失、さらには離職といった結果を招いてしまうことがあります。
この記事では、私自身の経験に基づいた、部下のキャリア志向に対する理解不足と対話不足が引き起こした失敗談を共有し、その原因を自己分析することで見えてきた改善策、そして部下の成長を真に支援するためのコミュニケーションのあり方について考察します。
部下のキャリア志向を理解できなかった失敗談
かつて私が担当していたチームに、非常に優秀で将来性のあるメンバーがいました。彼は現行業務もそつなくこなし、チームへの貢献度も高かったため、私は彼がこの分野でさらに経験を積み、リーダーシップを発揮してくれるだろうと期待していました。
しかし、ある日、彼は将来的に全く異なる専門分野に進みたいと考えていることを示唆しました。私の内心は「なぜ?」「せっかくここでキャリアを築いているのに」という戸惑いと、「チームから優秀な人材を失いたくない」という思いでいっぱいになりました。
当時の私は、彼の話に十分に耳を傾けることなく、現在の業務がいかに重要か、このチームで経験を積むことが彼の将来にどう繋がるか、といった私の考えや期待を一方的に伝えてしまいました。彼の話を聞いている最中も、「どうにかして彼を引き止めなければ」という思考が先行し、彼の真の興味や懸念、そしてキャリアに対する深い思いを理解しようとする姿勢が足りませんでした。
結果として、彼は私の話を十分に受け止めなかったと感じたようで、それ以降、キャリアに関する話は一切しなくなりました。表面上は変わらないものの、以前のような自律性や積極性が失われていったように見えました。そして数ヶ月後、彼は別の部署へ異動することを決めました。彼の才能をチームで活かせなかったこと、そして彼のキャリアを真摯に支援できなかったという失敗は、私にとって大きな後悔として残りました。
失敗の原因分析:なぜ対話は機能しなかったのか
この失敗の原因を自己分析してみると、いくつかの点が明確になりました。
1. マネージャー自身の「期待」への固執
私は彼に対して、「このチームで、この分野で成長してほしい」という強い期待を持っていました。この期待が、彼の異なる志向を無意識のうちに否定したり、軽視したりする態度に繋がった可能性があります。部下のキャリアは部下自身のものです。マネージャーの役割は、自身の期待を押し付けることではなく、部下自身の目標達成を支援することにあるにも関わらず、その本質を見失っていました。
2. 傾聴と共感の欠如
彼の話を聞いているつもりでも、実際には「引き止めるにはどう言えば良いか」あるいは「なぜ私の期待通りにならないのか」といった自身の考えで頭がいっぱいでした。彼の言葉の裏にある感情や、そのキャリア志向に至るまでの背景、例えば現在の業務における不満や新たな分野への強い情熱などを、深く理解しようとする傾聴の姿勢が決定的に不足していました。共感を示し、安心して話せる雰囲気を作ることもできていませんでした。
3. キャリアに関する継続的な対話の不在
彼のキャリア志向を初めて知ったのは、彼が具体的な方向性を示唆した時でした。普段からキャリアについて気軽に話せる関係性が築けておらず、また定期的な1on1などでキャリアを正式なアジェンダとして設けていませんでした。そのため、彼の考えの変化や悩みに早期に気づくことができず、彼の決意が固まってから慌てて対話を試みる形になってしまいました。
4. 役割認識の曖昧さ
マネージャーとしての私の役割を、「チームの目標達成のために部下を動かすこと」に限定して捉えすぎていた側面があります。「部下のキャリアを支援すること」もまた重要な役割であるという認識が薄かったため、彼のキャリアに関する話をチームの目標達成とは別のアジェンダとして捉え、優先順位を低く置いてしまっていました。
失敗から学ぶ:部下の成長を支援するコミュニケーションへ
この失敗から私が学んだのは、部下のキャリア支援は単なる「おまけ」ではなく、マネージャーの主要な責務の一部であり、そのためには意識的なコミュニケーションが必要不可欠だということです。
1. 「キャリア支援」のスタンスを持つ
部下のキャリアは、最終的には彼ら自身が切り拓くものです。マネージャーは、その道のりを照らすライトや、必要な時に差し伸べる手であるべきです。部下がどのようなキャリアを描いているかを理解し、それが現在の業務やチームでどのように活かせるか、あるいは他の選択肢がある場合でも、部下自身の成長にとって何が最善かを共に考え、支援するスタンスを持つことが重要です。
2. 定期的かつ質の高い「対話」の機会を設ける
部下のキャリアに関する話は、一度きりではなく、継続的に行うべきです。定期的な1on1の中で、キャリアや将来の展望について話す時間を意図的に設けることが有効です。「5年後、10年後どうなりたいか」「どんなことに興味があるか」「現在の業務でさらに伸ばしたいスキルは何か」といったオープンな質問を投げかけ、部下が自身のキャリアについて考える機会を提供します。
3. 「聴く」ことに徹する
対話においては、「話す」ことよりも「聴く」こと、そして「理解しようと努める」姿勢が何倍も重要です。部下が話す内容だけでなく、声のトーン、表情、言葉を選びながら話す様子などから、その背後にある感情や本当の思いを感じ取ろうと集中します。部下の言葉を否定せず、まずは共感を示し、「〜ということですね」と要約して返すことで、正しく理解していることを伝え、さらに深く話してもらいやすい雰囲気を作ります。
4. 自身の経験や知識を「提供」する(押し付けない)
部下が特定の分野に興味を持っていたり、悩んでいたりする際に、自身の経験談や組織内外の情報を共有することは、部下にとって非常に有益です。ただし、これはあくまで情報提供や示唆に留め、自身の価値観や成功体験を押し付けたり、「こうすべきだ」と決めつけたりしないように注意が必要です。部下自身が考え、選択するための材料を提供するという謙虚な姿勢が大切です。
5. 現在の業務とキャリア志向を「繋げる」支援
部下のキャリア志向が現在の業務と直接的に関連しないように見えても、現在の業務を通じて培われるスキルや経験が、将来的にどのように役立つ可能性があるかを共に考えることができます。例えば、コミュニケーション能力、問題解決能力、プロジェクトマネジメント能力などは、どのようなキャリアパスに進むにしても普遍的に役立つスキルです。現在の仕事の中に、部下のキャリア目標達成に向けた学びの機会を見出す支援を行います。
まとめ:失敗を糧に、部下との信頼関係を深める
部下のキャリア志向を理解できなかった私の失敗は、マネージャーとしての自身の役割認識の甘さ、そして対話スキル、特に傾聴力の不足に起因していました。この痛い経験から、部下のキャリア支援がいかに重要であり、そのためには日頃からの信頼関係に基づいた質の高いコミュニケーションが不可欠であることを学びました。
部下のキャリアについて真摯に向き合い、対話を重ねることは、部下からの信頼を得るだけでなく、彼らのモチベーション向上、エンゲージメント強化、そしてチーム全体の活性化にも繋がります。もし過去に私と同じような失敗経験があるとしても、それは学びの機会です。その失敗の原因を自己分析し、今日から部下との対話の質を変えていくことで、「ごめんね」の後には必ず「そしてこれから」の成長が待っているはずです。